優秀な人材が見切ったのは、君ではない
向上心のある人が辞めるのは、そこで得るものが無くなった時。見切られたのは社長ではなく会社。待遇ではなく「次に何をやれるか」を示し続ける方法。
「優秀な人材は何故辞めるのか」
答えよう。見切られたからだ。
……そう顔をしかめるな。これは事実だ。落ち着いて、一旦受け入れたまえ。
ところで君、先月辞めた彼の送別会で、何を感じたかね?
「別に気にしていない」?そうだろうとも。強い経営者を気取るのは結構だ。だが本当に何も感じないなら、それは強さではない。反省から逃げるための防衛だ。
中小企業というのは、そもそも至らないところだらけの集団だ。辞める者が出て当然である。だが、それが「当たり前」になった瞬間、人は振り返るのをやめてしまう。
優秀な人間を失うたびに、何が駄目だったのかを振り返る。それが嗜みだ。
ついでに一つ。「他責思考はけしからん」と辞めた者を責める者がいる。その言葉を他人に向けた時点で、それこそが他責である。酷く品の無い矛盾だ。君はやっておらんだろうな?
さて、向上心のある人間は、何で辞めるか。
そこで得るものが無くなった時だ。
任された使命が終わった。積むべき経験を積み終えた。学べるものが無くなった。裁量を失った。プロジェクトを失った。
彼らにとっては、これらは金より辛い。「ここで得るものはもう無い」。これが退職の引き金である。
ここで、多くの社長が勘違いをしている。「社長は社員より優れていなければならぬ」と。
違う。社員と張り合うな。
見切られたのは、君ではない。「会社」だ。
ここが大事なところである。会社という法人と、社長という個人は別のものだ。オーナー社長には、ここを混同している者が実に多い。会社が与えるものを失ったのであって、君の能力が試されたわけではない。
今より嗜みを教えてしんぜよう。
優秀だと思うなら、本人に耳を傾けたまえ。何を与え、何をやってもらいたいのか。素直に話し合えばよい。
そこを強がって「私が導いてやる」と振る舞うから、彼らは馬鹿らしくなって去っていくのだ。
与えるものは何でもよい。権限、裁量、資金、部門、人、プロジェクト。向上心のある人間は、新しい玩具が届く限り、喜んで遊んでくれる。
面倒臭いか?そうだ、面倒臭いのだ。だから良い。給与を上げる方が、よほど楽だろう。だがそれでは繋ぎ止められぬ。
優秀な人間は、待遇で繋ぎ止めるものではない。「次に何をやれるか」を示し続けるしかない。それが出来ぬ会社から、順番に見切られていくだけだ。
どうだ?
君はまだ、次に辞めるのが誰か分からないか?